2005年09月24日

RATN

 六本木スーパーデラックスで、RATN=リョウ・アライ+ツジコノリコ。ツジコという人はおれにとって、“声”に尽きるんですね。クールで無表情な発声で、リズム感も音感もナニもないって感じの歌い方から匂い立つ色気みたいなもの。それと、そこに寄り添うことなく勝手に走る電子音との拮抗というところが、この人の最たる魅力だと思うわけです。だから、やけにメロの立った曲を歌ったりすると、そこに感情が入ってしまって、とたんにつまらなくなるのね。感情はいらないんですよ、この人は。キモは“歌”ではなく“声”なのであって、この場合メロディーとか構成というのはあってもなくてもどうでもいいわけです、おれにとっては。

 そういうところでこのRATNのアルバムは、そういう彼女の資質を生かして、概してクールな世界を作っているのはいいと思ったのだけど、いささか彼女側に寄りすぎてしまったのと、時折見せるリリカルでセンチメンタルな風情が、どうもトゥー・マッチだなあと思ったんですね。ツジコの甘ったるい感じの、あざとさが見えるような歌い方も、なんかイヤだったし。そういうところをあえて見せようとしたのだとしても、それを彼女がやらなくてもいいでしょうと。

 でもこの日のライヴはCDとはちょっと違って、アライらしくビート感を強調したアクティヴなもので、それがツジコのヴォイスとうまい感じにぶつかりあっていたんじゃないかと思いますね。それに、かなり混沌としたドープなトラックに、彼女の低音無表情ヴォイスがポツポツ浮遊していくなんていう曲もあったし。そういう曲はどれもアルバムには入っていない曲だったので、やっぱライヴだとスタンスを広げてるってことなんでしょうね。やっぱツジコの場合、音の方から主張していく感じにならないと、いい方に行かないと思うから、この日はそういう関係性が良好だったと思います。全体としてもなかなか多彩で、わりと飽きずに楽しめました。

 にしてもこの人、リズム感がホント乏しいっていうか、リズムを取るっていう概念すらないんでしょうかね。メロにしても同じだし。そういうところはファースト・アルバム時のフューを思い出したりしたのだけど、個人的には重なる部分があるかなあ。やっぱメロディーに頼っちゃダメな人だな、というのを再認識したのでありました。

 しかし彼女ってライヴだと関西弁の天然ボケっぷり丸出しで、そこがどうにもなんだかなあというかウザイというか。ああいう話し方から“不思議ちゃん”的風情が醸し出されちゃうんだよね。そういうところが得になったり良さになったりする人もいるとは思うけど、この人の場合逆だとおれは思うけどな。
posted by デンスケ at 03:18| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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